2007年03月17日

父が退院

検査入院してから15日目、父はようやく退院する日を迎えた。
会計でお金を支払い、看護婦さんから山盛りの薬を預かり、
荷物を片付けようと病室へ行くと、ヨメがパジャマを着替えさせるついでに、
父に笑って話しかけながらお湯でしぼったタオルで全身を拭いてやっていた。
そういえばこの寝たきりの2週間、ヨメは毎日1度か2度は病院へ通い、
着替えや食事介助、そのうえ父の便の世話までしていた。
実の親ではないのに、いやほんと、たいしたヨメだ。

070317_taiin.jpg「ええ天気やなー。退院日和やで、今日は」などと
話しながら、クルマまで連れていくと、父も嬉しそうだった。
まったく、今日は雨じゃなくてよかった。
退院日和とう言葉はないと思うけど、そう言いたくなるくらい
いい天気だ。

病院ではずっとベッドで寝ていたけど、
今日は晩までいつもの定位置のソファで座っていた。
ご飯の時は自分でソファから立ち上がり、2mほど離れた
食卓まで歩こうとするし(もちろん今はまだ一人では
無理なので人の支えが必要。しかも歩幅は1センチほど)、
冷蔵庫まで歩いて氷を取りに行こうとするし、
友達が「うちの父も入院中は弱ったけど、退院したら元気に
なったよ」と言ってくれたけどそれは本当のようだ。

そんな父を見ていると、復活の日も近いのかとうれしくなってしまう。

今日は午後から、いつも透析の病院への送迎や、月に6回のリハビリで
お世話になっている介護サービスの人が今後のことについて
打ち合わせにやってこられ、そうこうしているうちに
車イスと、部屋に置くポータブルトイレの業者の女性が商品を
持って来られ(この人はなんと、雨上がり決死隊の宮迫の
お母さんだった)、しばらくすると今度は在宅酸素療法(入院して
わかったんだけど、父は酸素濃度が低いらしい)の業者さんが器械の設置に
来られ、なんだかあわただしい一日だった。
(・・とブログに書くのは簡単な役目だけど、ほとんどの連絡や手配を
やったのはヨメ)

ずっと心配をかけていた人には父に電話で報告をさせた。
心配をして京都の山奥から何度も見舞いに来た妹や、父が行きつけの
スナックのママ(←この人もけっこう高齢。店を開いているくらいだから
お元気なんだけど)に「やっと戻ってきた」などと、ハキハキした声で
話していた。

ヨボヨボとでも100mくらいは歩けていた入院前よりはかなり力が衰えて
いるものの、脳に刺激を与えたり、毎日リハビリに付き合ってやれば、
なんだかまた元気になりそうな気がしてきたぞ。
posted by まこと at 23:09| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

またひとり市民ランナーが

久しぶりに金曜日の練習会に行ってきた。
いつ以来だろう、金曜日に大阪城を走るのって・・・。覚えていない。
1周1.9kの周回コースを5周走ったけど、なんというか、
今シーズン1番じゃないかというくらい寒くて、
手とかお腹とか太股とかが、すごく冷たかった。
(そういえば東京でも初雪が降ったらしいし)

今日はうちの新入社員がRUN-WALK Styleでランニングシューズを買った。
正式には来週から出社なんだけど、今週は講習に来てもらっていて、
ランニングの話をすると、森之宮までついてきて靴を買って帰った。

070316shimojo.jpg

決して強制したわけでも、まるめこんだわけでも、そそのかしたわけでも、
社内規定に走る事が義務づけられてるわけでも、なんでもない。

本人の自主性です。
ほんとです。うそじゃありません。事実です。でっちあげでもヤラセでも
ありません。・・・だから、俺のせいじゃないってば。
posted by まこと at 00:53| Comment(6) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。